静の銀閣寺

対照美は金閣・銀閣寺
日本文化における「金」と「銀」は、単なる色彩や金属以上の象徴性を帯びているのではないでしょうか。
金閣寺のきらびやかさは、訪れる者に強烈なインパクトを残します。
若いころに金閣寺へ惹かれるのは、ある意味で自然な反応でしょう。
精神科産業医として思うのは、人は成長の初期段階で、外界の華やかさや力動性に引き寄せられやすい。
金箔に覆われた建物は、自己の未来への期待や、可能性の。輝きを象徴するかのように映るからです。
「内なる充足」に
一方で、年齢を重ねるにつれ、人の心はより静かで内省的な方向へと向かいます。
銀閣寺に魅力を感じ始めるのは、心理発達の視点でいえば、外界の刺激よりも重心が移る時期と重なると言えます。
45歳前後、人生の中盤は自己の評価軸が変化しやすい年代です。
華美さよりも質感、表面的な輝きよりも深みへと美意識が移行するのでしょう。
「侘び」「寂び」の世界
銀閣寺の「侘び」「寂び」の世界が胸に響くようになるのは、心がより成熟し、静けさの中に安心を求めるようになる時期でありサインともいえるのではないでしょうか。
魅力は、その“抑制された存在感”にあるではないのか。
金閣寺のように自らを誇示するのではなく、周囲の自然と調和し、景色の一部としてただずむようです。
その姿は、人の心の安定とよく似ています。
成熟したココロは、派手に自己主張する必要がなくなる。
むしろ、必要以上に語らず、ただそこに、あること自体に意味が生まれます。
精神科の臨床でも、人が本当の安定を取り戻すと、語りは簡潔になり、たたずまいに落ち着きがでます。
江戸は金、大阪は銀
日本の歴史を振り返ると、江戸が金、本願寺や大阪商人の文化圏は銀を象徴し、東西で価値観が分かれていたという点も興味深いです。
金は権威、銀は流通。
金は象徴性、銀は実利。
こうした対比は、人の心理の二面性にも重なります。
若いころの「華麗・華美への憧れ」と、中年以降の「落ち着いた実感への志向」。
人生の中で、誰もがこの二つの価値の間を揺れ動くのではないかと、銀閣寺を見ながら考えしたります。
散策・セロトニンで前向き効果
周辺を歩くと、不思議と心が落ち着いてきます。
庭の苔、生垣の陰影、寄せて返す四季の光。視覚的な刺激が過度でないため、脳の興奮が鎮まり、自律神経が整っていきます。
精神科医の立場からみても、こうした「自然の中でのゆっくりとした歩行」は、確かな回復効果がある。
考えが整理され、気持ちがやわらぎ、「また働こう」という前向きな感情がじんわりと湧いてくるのは、脳内でストレスホルモンが下がり、セロトニンが増えている証拠でしょう。
銀閣寺を後にしたとき、「明日からまた働ける」と感じられたのなら、それはココロが本来のリズムを取り戻し、自分自身の中心へ静かに戻っていく過程なのかと推測します。
文 夏目誠

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