マコマコ通信2021年9月号

眺める月、故郷、そして歌を口ずさむ

中秋の名月です。今年は9月21日のようです。
イラストはマコマコが月を見ながら、お月見団子を食べ、ほっこりしている。
無邪気な子どものころですね。
そばにいるウサギちゃんが可愛い…はるか遠い世界と思った「お月さん」に、まさか人がいくことになろうとは夢にも思いませんでしたよ。

月と言えば、故郷で眺めた月が浮かびますね。
昭和30年代(マコマコの年齢が分かる・・・・・苦労が多かったなぁ)に流行した曲の多く” 望郷演歌 “です。

月と望郷演歌

船村 透、高野公男作曲・作詞による演歌の神髄といわれる名曲は「別れの一本杉」。
故郷に残した恋人へ、東京に就職した男の想いを綴っています。
「泣けた、泣けた、こらえきれずに…」と冒頭から唄っています。
都会生活の難しさと恋人に会えないツライ心情から吐き出された言葉。
ストレートハートに迫ってきますね。
さらに「呼んで呼んで そっと月夜に…」、耐えきれずに呼びかけていますが。
春日八郎が哀愁を込め歌いましたね。

国民歌手の三波春男は「チャンチキおけさ」で、「月がわびしい路地裏の、屋台の酒の‥‥‥」、「おおきな夢を杯に」と熱唱。

共通点は、村から都会へ出てきた次男や三男が故郷への哀愁の心情を込めって歌わずにいられない望郷演歌です。

集団就職と「ああ上野駅」

井沢八郎の「ああ上野駅」も昭和40年に大ヒット。
集団就職の歌です。
東北地方から東京や川崎などの会社に就職した中学卒業性。
「金の卵」と言われた彼らの心情ですね。
「どこかに故郷の香りをのせて」の歌詞が切々と迫ってきますね。

昭和30年代、故郷を離れ就職、ストレスが一般用語に

いま日常言葉で、当たり前のように「ストレス」を使っています。
この言葉が話題になったのは昭和30年代からです。

歌に示したように、農村から15-18歳の若者が大都市の会社に就職。
慣れない都会生活の中で、個人が会社という組織に馴染まなければならない。
その苦難と葛藤の中で、「ストレス」と言う言葉が普及していきました。
ツラかっただろう。
泣きたくなることもあったでしょう。

当時は不適応になった人は、数か月で辞めていったようです。